デッサンとは何か/ DESSIN /

見本を見ながら練習

デッサン力とは?

 見ている対象を「把握する力」、的確に「表現する技術」、イメージしたものを「創造する力」、この3つをまとめて「デッサン力」と呼んでいます。デッサンは正確に表現することのスケールとして考えるのが一般的ですが、もっと幅広い意味で用いられる事もあります。デッサンは技術ではなく、感性だと考える人もいます。

 一般的に絵が描けると「才能がある」という言葉で置き換えて処理されがちですが、基本から創造的なプロセスをきちっと踏んでいけば誰でも上達することが可能です。デッサンが描ける人はそれだけの努力を怠らなかった事に対して「才能のある人」と言えるでしょう。このようにして「把握する目」「表現する技術」は身についてくるのです。

「描く」と言うこと。それは脳が発達した人間だけが持つ能力です。つまり描く力というのは手の技術ではなく、見る見方でもない、脳の知覚によるところが大きいのです。そして脳の知覚トレーニングによって身につく力を「デッサン力」と呼んでいます。美術の世界で言う「デッサン力」は「対象を把握する能力」、「対称を的確に表現できる能力」です。

 色彩論で有名な「ヨハネス・イッテン」のエピソードにこのような話があります。イッテンがデッサンのモチーフにレモン一個を持ってきます。学生はレモンなんかよりももっと興味深いモチーフを出してくれと文句を言います。するとイッテンは「いいえ、レモンの形を描くのではなくレモンの味を描いてください。」と言ったそうです。
  さらに「君たちは芸術を仕事にしようとしている以上、形あるものは描けて当然です。学習や鍛錬はそれを通してその物をどのように表現するかを考える所から始まるのです。」と言ったそうです。まさにデッサンの本質をついたエピソードだと思います。

基本をマスターすれば明らかに変わる

 デッサンというモチーフを観察して描くことは、描写を通して本質を見抜き、自己表現する事に他ならないのです。つまりデッサンとは鍛錬を重ねて「デッサン力」を身につけた人が表現した作品なのです。そして「デッサン力」を身につけるには「描く」という訓練が最適なのです。

何も習っていない高校生のデッサン(左)と基礎を習った高校生のデッサン
何も習っていない高校生のデッサン 基礎を習った高校生のデッサン

なぜ描くことができないのか?

 上の2つのデッサンは同じものを描いていますが、左はデッサンを全く習ってない人、右は基礎からきちんと勉強した人のデッサンです。それほど長い経験を積まなくても基本をマスターすれば、あきらかにデッサンが変わってくるのです。

りんごを描く

 なぜ大人になってもリンゴ一つ描けない人がいるのでしょうか?言語や知識・数学等、学校で勉強する一般的な課目は年齢と共に上達し、個人差はあるものの誰でも年齢相応の能力を身につけていきます。ですから18歳にもなれば社会で仕事をしてゆく事も、生活してゆくことも問題なくできるのです。では描くことはどうでしょうか?描く力も脳の知覚ですから他の能力と変わりありません。しかし大人になってもリンゴ一つ描けない、描いても対象を正確に描けない方が多数います。これはどうしてなのか?
この理由は2つあります。

 1つは年齢に伴う美術の学習のあり方に問題がある場合です。描く能力も他の科目と同じように、英語ならアルファベットの書き方、読み方から初め、そののちグラマーを学び、リーディング、ライティングを学び、徐々にレベルUPした内容になってゆくのが普通です。他の科目でもそれは同じだと思います。では小学校の図画・工作から中学の美術、高校の美術と、描く事に関して基礎から勉強してきたでしょうか?大抵は美術の時間は「遊び」的な感覚で出された課題を、意図もその目的も分らずひたすら制作に励んでいた方がほとんどだと思います。美術の授業の目的は本来、1.美的感覚の成長(センス)2.発想力の成長(アイディア)3.表現力の成長(デッサン)を担う科目であったはずなのです。しかし美術の授業時間数の減少や指導教諭の能力不足等のため、ますます美術能力に欠ける大人が増えているのはたいへん残念な事でもあります。

 もう一つは「知識」と「視覚」の葛藤によって起こる食い違いです。人間は成長すると「見たとおりに描く」より「知っている通りに描く」に偏りがちです。見えるものを否定して知っているとおりに正したい誘惑に駆られます。この誘惑に抵抗して「視覚的な体験」を楽しむ事からデッサンは始まります。描けない人の多くに見られる事に、モチーフの言語化があります。たとえばリンゴをデッサンする場合、先に「リンゴとはこうゆうものだ」という先入観が先走ってしまい目の前にあるりんごを「物体」として捉えなくなる現象です。今までの生活で得た知識が先入観となって観察を妨げるのです。うまく描けないときは先入観を捨てて目の前にある「もの」を一生懸命「うつす」という子供のような感覚に戻って描くことが大切です。スポーツと同じでやり方を知っていても経験を重ねないとできないように、デッサンもよく観て描くことを繰り返さないと上達できません。

デッサンにおける7つのポイント

 しかしながら描くという訓練だけでもやらなくてはならないことは山のようにあります。パースペクティブが狂わない事、人体の比率が狂わない事、正確な空間表現ができる事、イメージした形態がリアルに描けること等、数えだしたらきりがありませんし、ただ、闇雲に練習しても意味がありません。しっかりとした順序できちっと勉強して行くことがデッサン力を身につける近道だと思います。そこで最も必要な7つのポイントをあげてみました。

  1. 対象の輪郭や端部の形態の理解
  2. モチーフの形や遠近の相互関係
  3. 陰影による的確な調子の把握
  4. 物が存在することによる空間や隙間の認識
  5. 全体の知覚
  6. 思い出す事によって対象を描き出す記憶描写
  7. 自由に自分のイメージを描ける想定描写

これら全てを身に着けるのには大変な努力が必要ですが、一度身についたデッサン力は決して失われることがありません。地道に練習を繰り返すことがデッサンをマスターする最短ルートなのだと思います。

美学館 館長 河村栄一